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砂防法第36条の他にも現行法に執行罰があるんじゃないかという話

第一 執行罰について

 執行罰とは、「義務者にみずから義務を履行させるため、あらかじめ義務不履行の場合には過料を課すことを予告するとともに、義務不履行の場合にはそのつど過料を徴収することによって、義務の履行を促す間接強制の方法」*1であるとされる。しかしながら、「行政上の執行罰については、現在、砂防法に唯一の例があるにとどまる」*2とされ、砂防法第36条の規定にしても、本来であれば削除されていて然るべきものが立法技術的な過誤により忘れられている、というような論もあるようである。

第二 人身保護法第12条第3項および第18条について

 ところで、人身保護法第12条および第18条は次のように定める。

第十二条 第七条又は前条第一項の場合を除く外、裁判所は一定の日時及び場所を指定し、審問のために請求者又はその代理人、被拘束者及び拘束者を召喚する。
○2 拘束者に対しては、被拘束者を前項指定の日時、場所に出頭させることを命ずると共に、前項の審問期日までに拘束の日時、場所及びその事由について、答弁書を提出することを命ずる。
○3 前項の命令書には、拘束者が命令に従わないときは、勾引し又は命令に従うまで勾留することがある旨及び遅延一日について、五百円以下の過料に処することがある旨を附記する。
○4 命令書の送達と審問期日との間には、三日の期間をおかなければならない。審問期日は、第二条の請求のあつた日から一週間以内に、これを開かなければならない。但し、特別の事情があるときは、期間は各々これを短縮又は伸長することができる。

第十八条 裁判所は、拘束者が第十二条第二項の命令に従わないときは、これを勾引し又は命令に従うまで勾留すること並びに遅延一日について、五百円以下の割合をもつて過料に処することができる。

  第12条第3項は、1日当たり500円の過料を背景に、拘束者を心理的に圧迫して出頭義務の履行を確保するに出たものと考えられる。最高裁判所が編集した書籍にも、「一日割に過料を算定することにしたのは、例えば金五千円以下の過料とするよりも心理的圧迫の効果が大であるからであろう」*3という記述があり、これはまさに執行罰の趣旨とするところである。もっとも、第18条の趣旨として「人身保護命令に関する特殊な、間接強制方法を定めたものである。英米法の裁判所侮辱罪にならつたものである」*4とされていて、これが執行罰であるとの明記がなされているわけではない。

第三 裁判所の行う行政処分について

 さて、人身保護法第18条に基づく過料を執行罰と認めるのに障害となり得るのは、同法第12条各項が行政上の義務を定めたものといえるかという点と、同法第18条の過料が行政処分といえるかという点とである。
 思うに、司法府たる裁判所といえどもその権限は全て司法権に集約されず、司法行政権として行政権に分類されるものも含まれると解するべきである。ここでいう司法権の定義についてはさしあたり「司法の簡潔な定義は,『法律上の争訟を裁判する国家作用』,あるいは『具体的な争訟について,法を適用し,宣言することによって,これを裁定する国家の作用』とするものである。さらにこれを敷衍して,『当事者間に,具体的事件に関する紛争がある場合において,当事者からの争訟の提起を前提として,独立の裁判所が統治権に基づき,一定の争訟手続によって,紛争解決の為に,何が法であるかの判断をなし,正しい法の適用を保障する作用』とするのが一般的であるといってよい。」*5との記述を引きたい。これらの見解に依拠するのであれば、前述の人身保護法12条2項に基づく命令は、あくまでも裁判所による行政権の行使と解するのが妥当であろう。そして、同命令に基づく行政上の義務の履行を確保するため、同3項に定める付記により間接強制類似の心理的圧迫を加え、なお義務が履行されない場合には同18条に基づく過料に処す、という整理が可能である。そして、ここでいう過料は、刑罰ではなく、かつ、少なくとも刑事手続によるものではなく、むしろ行政処分類似の性質を有しているといえる。
 以上より、人身保護法第12条第3項および第18条の各規定は、砂防法第36条の外で執行罰を定めた現行法二例目の規定であると考える。*6

*1:櫻井敬子=橋本博之『行政法〔第三版〕』(有斐閣、2011年)188頁

*2:前掲櫻井=橋本188頁

*3:最高裁事務局民事部『人身保護法解説』(1948年)85頁以下

*4:前掲最高裁事務局民事部135頁

*5:渋谷秀樹「司法の概念についての覚書き」(立教法務研究3号、2010年)

*6:以上の記述については、少なくとも行政法学上の通説的理解を逸脱するものであり、かつ、筆者の知る限りにおいては筆者独自の見解である。謹んで諸氏の批判を乞いたい。