へいじーとじょうぜん。

上善如水がお酒なのですよ。

官吏服務紀律と外国勲章受領許可

 数年前から、閣議の議事録が公開されるようになった。

www.kantei.go.jp

 閣議では、法律案や質問主意書に対する答弁書、天皇の国事行為への助言と承認や各省の幹部人事などが決裁される*1

 最近、この中に少し珍しい案件があるのを発見した。

  次に,秋山和男外168名の叙位又は叙勲について,御決定をお願いいたします。
なお,元衆議院議員加藤紘一を正三位に叙し,旭日大綬章を授けるものがあります。
また,ベルギー王国国王フィリップ陛下外11名へ勲章を贈進又は贈与するものが
あります。併せて,安倍内閣総理大臣外14名の外国勲章受領許可について,御決定をお願いいたします。

https://www.kantei.go.jp/jp/content/281004gijiroku.pdf

  議事録末尾の案件表にも、「内閣総理大臣安倍晋三外14名の外国勲章受領許可について(決定)」とある。外国政府(元首)から勲章を受けるのは、本件でいえばあくまで安倍首相らと外国政府との関係の話であって、閣議における決裁を経て「内閣が許可する」という筋合いのものではない、というのが一般的な感覚であろう*2

 そこで私は、これは何かの内規の類による規律が及んでいるのであろうと推測して諸々の関連法令を調査したが、どうもそれらしきものがない。それもそのはず、外国勲章受領許可の根拠法令は、既に法令としては失効していたのである。

 

 官吏服務紀律という勅令がある。残念ながらe-gov法令検索には収載がなく*3、インターネット上で原文に当たれるのがwikisourceぐらいしかない、という残念な状況であるが、とりあえずリンクを以下に示す。

官吏服務紀律 - Wikisource

 

 見てのとおり、これは明治20年、すなわち大日本帝国憲法施行前の勅令である。そして、これの効力については三段階ほどの検討が必要になる。

 まず第一に、帝国憲法の施行によって本勅令の効力に変動が生じたか否かである。大日本帝国憲法は第76条第1項に「法律規則命令又ハ何等ノ名称ヲ用ヰタルニ拘ラス此ノ憲法ニ矛盾セサル現行ノ法令ハ総テ遵由ノ効力ヲ有ス」との定めを有している。この点、参議院法制局の研究でも、

旧憲法は、その76条1項で旧憲法に違反しない法令の効力を認めました。その結果、旧憲法前の法令のうち法律事項を定めたものが以後実質的には法律として取り扱われることとなりました。その一例が、爆発物取締罰則(明治17年第32号布告)であり、現在でも立派に効力を有しています。

法制執務コラム『「法律」ではない「法律」』参議院法制局

http://houseikyoku.sangiin.go.jp/column/column016.htm

 とされているとおりである。しかしながら、私見に基づけば、官吏服務紀律が帝国憲法下でも引き続き効力を有した理由は、第76条第1項ではない。帝国憲法第10条は、「天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ及文武官ヲ任免ス但シ此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル」と定める。前半を指して官制大権、後半を任官大権という。この官吏に関する権限は、統帥権などと並び法律事項ではなく天皇大権に属するものであるから、そもそもからして帝国憲法に基づく法律に掣肘されることはないと考えられる。

 この点については、明治憲法下においても、官吏服務紀律の一部を改正する勅令(昭和22年5月2日*4勅令第206号)*5として、勅令によって改正が行われていることとも整合する。もっとも、同一部改正勅令は、「『ポツダム』宣言ノ受諾ニ伴ヒ發スル命令ニ關スル件」(昭和20年勅令第542号)に基づくいわゆるポツダム勅令*6であると解する余地があり*7、このように考えると、

①明治20年7月30日から明治23年11月29日まで 帝国憲法制定前に発せられた勅令*8

明治23年11月30日から昭和22年5月1日まで 帝国憲法第76条第1項に基づきなお効力を有する勅令

③昭和22年5月2日から昭和22年11月29日? ポツダム勅令により改正を受けた勅令として存続、国家公務員法の施行などのタイミングで失効

という解釈が成り立たなくはない。ただ、明示的な失効時期が不明になる点で解釈としては微妙である。

 しかしながら、前述の私見に基づけば、

①明治20年7月30日から明治23年11月29日まで 帝国憲法制定前に発せられた勅令

明治23年11月30日から昭和22年12月31日まで 官制大権に基づく勅令、昭和22年12月31日限り失効。(日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和二十二年法律第七十二号)第1条)

と、若干すっきりした整理ができる。なお、官吏服務紀律が日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律(昭和二十二年法律第七十二号)第1条により失効したという見解は、昭和55年10月16日付秦豊参議院議員質問主意書においても述べられている。

官吏服務紀律の解釈と運用の実態等に関する質問主意書

官吏服務紀律(明治二十年七月三十日勅令第三十九号)は、「日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律」(昭和二十二年四月十八日法律第七十二号)第一条により、昭和二十三年一月一日に失効したとすべきところ、(後略)

官吏服務紀律の解釈と運用の実態等に関する質問主意書:質問本文:参議院 http://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/093/syuh/s093002.htm

 また、失効日の翌日である昭和23年1月1日に後述する「国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律(昭和二十二年法律第百二十一号)」が施行されていることからも、この見解が妥当であろう。

 

 そして第二の問題が、直前で触れた「国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律(昭和二十二年法律第百二十一号)」である。2項だけの法律なので、全てを引用する。

○1 官吏その他政府職員の任免、叙級、休職、復職、懲戒その他身分上の事項、俸給、手当その他給与に関する事項及び服務に関する事項については、その官職について国家公務員法の規定が適用せられるまでの間、従前の例による。但し、法律又は人事院規則(人事院の所掌する事項以外の事項については、政令)を以て別段の定をなしたときは、その定による。
○2 前項但書の規定による定は、国家公務員法の精神に沿うものでなければならない。
昭和二十二年法律第百二十一号(国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律) http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=322AC0000000121
 第1項の規定によれば、官吏服務紀律は昭和22年12月31日限り失効したものの、翌昭和23年1月1日以降国家公務員法施行日までの間は全公務員に対してその適用があることになる。
 その上で、である。国家公務員法1条5項は、「この法律の規定は、この法律の改正法律により、別段の定がなされない限り、特別職に属する職には、これを適用しない。」と規定している。すなわち、特別職職員に対しては国公法の適用が排除され、また、別に特別職職員の服務に関する事項について規定する法律は制定されなかったため、国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律第1項の規定により、特別職職員(この表現は不正確であり、後に詳述する。)に対しては、国公法施行後も従前の例により官吏服務紀律の適用が継続したのである。
 なお、国家公務員法の規定が適用せられるまでの官吏の任免等に関する法律の施行日である昭和23年1月1日以降に新たに設置された特別職の官職*9に対しては、「その官職について国家公務員法の規定が適用せられるまでの間、従前の例による」という文言の解釈上、官吏服務紀律の適用すら存在せず、①その官職に対して個別的に服務に関する事項を定める法律があればそれにより、②それも存在しなければ服務についてはいかなる法律にも規律されない、というのが現状なのである。
 これらの点については、次の質問主意書と答弁書が詳しい。
 

 

  さて、以上より、官吏服務紀律なる帝国憲法制定以前の勅令が未だに適用されているということがお分かりいただけたと思う。

 官吏服務紀律はかなり時代がかった規定振りをしており、例えば第11条は特別職職員の夫人が居酒屋を開業した場合に適用があるのか、といった疑問がないではないが、取りあえずその辺は措くとしたい。

 やっと本稿の主題である第8条に入ることができる。同条第2項は、「官吏外國ノ君主又ハ政府ヨリ授與セントスル所ノ勳章榮賜俸給竝贈遺ヲ受クルニハ內閣ノ許可ヲ要ス」と規定している。すなわち、外国君主・政府から勲章を受ける場合には、内閣*10の許可を要する。そして、この許可は文理上当然にいわゆる閣議決定をもってなさなければならない*11

 こういうわけで、首相や大臣の外国訪問、あるいは大使の離任といったタイミングで勲章の授与が伝達された場合は、内閣総務官室に連絡を取って閣議書を起案してもらわなければならない、という大変よく分からない事態が戦後一貫して続いているのである。

 結論をいえば、特別職職員一般についての服務規律を法定するべき、と強く思うわけであるが、しかしまぁ投入する政治的行政的リソースに見合う成果があるかといわれれば苦しいところであり、結局のところしばらくはこの奇妙な閣議決定は続くのであろうと思うのである。

*1:なお、閣議は全会一致が原則であり、この場において侃々諤々とした議論が交わされる訳ではない。閣議書という文書に花押というサインを順番に書いていくのに大半の時間が費やされる。

*2:なお、同様の許可は内閣総理大臣のみならず、特命全権大使などにもなされていることが確認できる。

*3:平成30年5月13日、収載するように問い合わせを行ったところである。

*4:すなわち、現行憲法施行前日である。

*5:官吏服務紀律の一部を改正する勅令 - Wikisource https://ja.wikisource.org/wiki/%E5%AE%98%E5%90%8F%E6%9C%8D%E5%8B%99%E7%B4%80%E5%BE%8B%E3%81%AE%E4%B8%80%E9%83%A8%E3%82%92%E6%94%B9%E6%AD%A3%E3%81%99%E3%82%8B%E5%8B%85%E4%BB%A4

*6:改め文には「昭和20年勅令第542号」旨の規定は存在しないが、当時の一部改正勅令には、明らかにポツダム勅令であってもこの規定を欠くものが存在するため、これをもってポツダム勅令性を排除することはできない。

*7:この場合日本国憲法施行の際現に効力を有する命令の規定の効力等に関する法律第1条の2の規定により、同1条の規定の効力は及ばない。

*8:恐ろしい話であるが、形式的には天平宝字元年から明治23年11月28日まで存続した養老律令に基づく法体系の中に位置づけることも不可能ではない。養老律令の廃止時期は判然としないが、少なくとも帝国憲法施行の時点で効力を失ったとされる。

*9:自衛隊員の大部分がその好例であろう。

*10:合議体としての内閣を指し、内閣総理大臣ではない。

*11:内閣の権限について内閣総理大臣に専決させられるか、というのはまた微妙な話になろうが、同紀律の適用を受ける筆頭者が内閣総理大臣自身であることも踏まえれば少なくともあまりよろしくない運用、という評価を受けよう。